海の祭レポート

【コロナ禍の海の祭】俺たちに必要なのは山笠なんだ

郷ノ浦祇園山笠(長崎県壱岐市) 開催日:毎年7月第4土曜日・日曜日

長崎県壱岐市で最大のお祭り「郷ノ浦祇園山笠」は、島で江戸時代から約280年間続く行事です。「山笠」という祭具は、山車のような形状をしていますが、”曳く”のではなく、お神輿のように”担ぐ”(かく)ものです。この山笠を担いで石段を駆け上がる難所が、お祭りの大きな見所となっています。

令和2年度の郷ノ浦祇園山笠

長崎県壱岐市で最大のお祭り「郷ノ浦祇園山笠」は、島で江戸時代から約280年間続く行事です。「山笠」という祭具は、山車のような形状をしていますが、”曳く”のではなく、お神輿のように”担ぐ”(かく)ものです。この山笠を担いで石段を駆け上がる難所が、お祭りの大きな見所となっています。

例年であれば7月第4土曜日・日曜日に開催されますが、令和2年は、新型コロナウィルスの影響で同じ山笠のお祭りである博多祇園山笠(福岡県福岡市)の延期が正式に決定されたことを受けて、郷ノ浦の祇園山笠も来年への延期が決まりました。

郷ノ浦山笠を担う地元のみなさんは「流(ながれ)」という単位に分かれ、本町流、下山流、塞流、新道流の4つの流が存在しています。マツリズムでは、その中の「下山流」のみなさまに、平成29年からお世話になっています。 今回は地元壱岐出身で下山流の割石さん(下山流)に、お話を聞かせていただきました。
 
話し手 :割石 和孝さん(郷ノ浦祇園山笠 下山流)、大曲 詩摩さん
聞き手 :マツリズム(大原 学、伊藤 悠喜 、今場 雅規、藤井 大地)

オンラインインタビューの様子

本土と大陸を結び、祭りと酒が出会う壱岐島

はるか古代より海上交通の要衝として、日本本土と大陸との交易・交流を支えてきた壱岐島。2015年には日本遺産の第一号として「国境の島 壱岐・対馬・五島 〜古代からの架け橋〜」にも指定されました。郷の浦は、壱岐島の南西にある天然の良港。昔から様々な交易品や人びと、そして文化が行き交う地でした。

郷ノ浦祇園山笠も海を渡ってやってきた祭りとも言えるでしょう。1737年に島で疫病が流行し、郷ノ浦の八坂神社に疫病退散を願ったところ無事に流行が治まり、造り酒屋で働いていた津屋崎(福岡県福津市)出身の杜氏が、故郷の祇園山笠を奉納したのが始まりだと言われています。

京都にて平安時代より続く、疫病退散を願う祇園祭。その祇園祭は日本各地に伝わっていきました。そのうち博多では、山笠を担いでスピードを競い合う「追山」など独自の進化を遂げます。博多から、津屋崎に伝わり、そして壱岐へ。海の道を通って祭りも壱岐へとやってきたのです。

造り酒屋の杜氏が伝えたとされる祇園山笠。実はお酒と壱岐にもストーリーがあります。壱岐は「麦焼酎発祥の地」としても知られています。15世紀頃に大陸から蒸留酒の製造技術がもたらされ、壱岐は日本ではごく初期に蒸留酒の製造が始められた地でもあるのです。単式蒸留法で作られる米麹を用いた「壱岐焼酎」は、1995年にWTO(世界貿易機構)のTRIPS協定において地理的表示にも認められました。

壱岐の郷ノ浦港(平成三十年の様子)

本土と大陸から祭りと酒がもたらされ出会うジャンクション、壱岐郷ノ浦。例年であれば、勇壮で華やかな山笠に湧く港町も今年は静閑としていました。

祭りの中止で気づく、小さな経済圏と地域に必要なもの

例年であれば7月の第4土曜日に開催される郷ノ浦祇園山笠。2020年は4月に博多祇園山笠が来年に開催の「延期」を発表したことから、郷ノ浦も「延期」を決定。郷ノ浦では、その年に博多で使われた山笠をもってきて祭りを行うため、博多の判断に連動するのです。

山笠が行われないということが基準となって、島の様々な行事やイベントが中止となっていきました。人が集まる機会が減り、静かになった町の風景。下山流の割石さんは、そんな町の状況を寂しく思いながらこう話します。

「今年は一回も法被を着ることがないかもしれないって、みんなで法被着て飲みに行ったことがあるよ。やっぱり、お祭りの一週間ってお金がすごい使われる期間だから、今年はいつもみたいに毎日飲むことはないけど、それでもこの一週間はみんなでがんばって飲みに行ってたよ。この時だけはどこの飲食店も賑わってた。業務人数減らしてたタクシーも通常業務でやるくらいだったよ。」

祭りがあることで動く小さな経済圏。祭りでは飲食はじめ、地域の中で様々なモノやサービスが調達され、地産地消的な活動が意図せず行われていました。コロナ禍はその活動すら鈍化させてしまったのです。

そして、年に1度、法被を着て迎えるハレの日。祭りがなければ、ニューノーマルな日常が続いていくだけ。そこにわずかでも祭りの風を感じるために、割石さんたちは法被を着て、飲みに出かけたのでした。

令和元年郷ノ浦祇園山笠の様子

「山笠だけは特別なんだなって、痛感したよ。コロナがきっかけで、地域にとって本当に必要なものと必要のないものが明確になったと思う。市役所が、惰性でやってる他の行事がなくなったことには、ああ良かったなという反応なんだけど、山笠に関してはみんな心底悲しんだし、なんとかできないかって人もいた。」

なくなってはじめてわかる大切さ、というのは使い古された表現かもしれませんが、何が自分たちにとって「なくてはならいもの」だったのかが明確となった2020年。山笠を愛してやまない人たちが、郷ノ浦という町をつくっていたのです。

島外に出た若者でも帰ってくる山笠を守る

人口減少のあおりをうけ、かつては郷ノ浦の中でも町の中心部の人しか参加できなかった山笠も、徐々に町全体の人たちが参加するようになっていきました。近年では、島外などから新たに関わってくれる人も少しずつ出てきています。祭りの危機も感じながら、祭りがあるからこそ人が集まることについて割石さんはこう話します。

「本来なら、島を離れて言った若者でも、山笠の時は必ず帰ってくる人もいるよ。壱岐に戻ってくれる唯一の理由が、お盆じゃなくて山笠なんだよ。思えば、地元の祭りやまちづくりに関わろうと思ったきっかけは、娘との会話だった。本人から、大学出た後に壱岐に帰ってくる選択肢はゼロだと聞いて、寂しくなってしまった。確かに俺も、高校の時は島から出ることが目標だったけど、娘に言われると寂しいのよ。戻ってくることが選択肢の一つくらいにできる島にできたらいいなと思って。」

壱岐では高校を卒業するタイミングでほとんどの若者が進学等で島外に出ます。それでも、祭りの時には戻ってきてくれました。割石さんは、そうやって一時的にでも戻ってきてくれる若者が、再び壱岐で暮らせるための選択肢がつくれないか悩みながらも活動を続けています。そして、そのためにはまずやはり祭りという若者が島に帰ってくる機会がなければ始まりません。疫病退散と商売繁盛の切なる願いをこめて、山笠を担ぎ上げるときの「ヨーカイタ」の掛け声が響き渡る日を待ちたいと思います。

令和元年郷ノ浦祇園山笠の様子

レポート:西嶋一泰(マツリズム)

▼情報
 
▽次回の祭の日時
郷ノ浦祇園山笠(長崎県壱岐市)
日時:7月第4土曜日・日曜日
場所:郷ノ浦町内
 
▽祭に関連するURL
実りの島、壱岐 壱岐観光ナビ「郷ノ浦祇園山笠」
https://www.ikikankou.com/event/10132

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